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東京高等裁判所 昭和31年(ラ)633号 決定 1958年7月12日

抗告人 小川賢一

相手方 諏訪朝雄 外一名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は、「原決定はこれを取り消す。相手方両名の申立を却下する。訴訟費用は相手方両名の負担とする。」との裁判を求め、その理由として別紙抗告理由書記載のとおり主張した。

抗告理由第一点について。

成立に争のない甲第四号証乙第一号証原審証人渡辺実、同佐藤寛三、同日吉重夫の各証言によつて、各その成立を認め得る甲第一ないし第三号証と右各証言並びに原審での相手方諏訪朝雄、株式会社平和クリーニング代表者森野勝の尋問の結果を綜合すると次の事実を認めることができる。

本件家屋の所有者渡辺トキは昭和三十一年二月二十四日これを本件仮処分の債務者である日吉重夫に賃貸したところ、日吉重夫は、この家屋で相手方諏訪朝雄、及び日吉重夫の岳父森野勝経営の株式会社平和クリーニングと共に、喫茶店と、洗濯業を経営しようと考え家屋所有者渡辺トキから許可を受けて、共同で使用していた。同年二月中右三名は請負業者佐藤寛三に店舗改造工事を依頼したので佐藤寛三は直ちに、その工事を開始し、本件仮処分の当初の執行にかゝつた同年三月十日には日吉重夫及び相手方諏訪朝雄、同株式会社平和クリーニング代表者森野勝も工事監督のため、本件家屋にきていた。従つて本件仮処分の執行に当つた執行吏も、その事実を承認して、日吉重夫の関係でのみ執行を了した。そして、少くともその三日後である同月十三日までは同じ外形状態が継続していた。

右認定に反する原審での抗告人の尋問結果及び甲第六号証の記載は上記各証拠に照して信用できず、その他抗告人の提出、援用にかゝる全資料をもつても右認定を動かすに足りない。

よつて抗告人のこの点に関する主張は理由がない。

抗告理由第二点について。

本件記録によれば、本件仮処分は債務者の占有を解いて、執行吏の占有に移し、現状不変更を条件として、債務者の使用を許すべき趣旨のものであることは明らかである。しかし右の仮処分は債権者において本案について請求の権利のないことが確定して、その執行が取り消される、又は本案判決によつて本執行をなすまでの間、右の状態が継続しているのであるから、その執行は単に執行吏が債務者の占有を解いて、これを自己に移し、債務者に現状不変更を条件にして、その使用を許す行為をもつて、その執行終了と解すべきではないのはもちろんである。従つて本件仮処分の執行は現に継続しているのであるから、この点に関する主張は理由がない。

抗告理由第三、第四点について。

相手方両名が本件家屋について、日吉重夫と共同して、現実にその占有をなしていたことは、抗告理由第一点に関する認定説示のとおりである。しかも上記認定のように、本件仮処分の執行にさいしても、第一回には相手方両名の本件家屋に対する占有を認めていた(甲第四号証)のであるから、その後三日後になした本件仮処分の執行にさいしたやすく、相手方両名の本件家屋の占有がないと認定したのは、執行吏がその執行を誤つたもので、このことを理由として民事訴訟法第五百四十四条による異議の申立は許されるものであるから、この点に関する抗告理由は、理由がない。

抗告理由第五点について。

本件仮処分の債務者が日吉重夫のみで、本件建物が日吉重夫の外、相手方両名が共同占有をしていたこと、及び本件仮処分決定の執行にさいし、第一回の昭和三十一年三月十日には、執行吏は本件建物に対する債務者日吉重夫の占有部分についてのみ、その執行をなし、相手方両名の本件家屋の占有を認めて、その部分の執行を留保し、同月十三日同執行吏は改めて、本件建物全部について日吉重夫の占有を解いて同建物全部について執行がなされたことは、いずれも上段認定のとおりである。したがつて当時本件建物を占有していた相手方両名は不法に本件建物の占有を奪われたもので、本件仮処分命令の執行は違法であるといわなければならない。抗告人のこの点に関する主張は理由がない。

よつて、原決定は相当であり、抗告人の本件抗告は理由がないので、これを棄却し、抗告費用の負担については、民事訴訟法第九十五条第八十九条に則り主文のとおり決定する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 小河八十次)

(別紙)抗告理由書

原審の決定には次の如き違法があり取り消さるべきである。

一、相手方には執行方法に関する異議申立をする利益がない。

抗告人から本件家屋の占有者である日吉重夫に対する本年三月十三日の執行の際には相手方両名は本件家屋について現実の占有がなく、その上抗告人が申請した四月十六日の執行吏の点検の際にも債務者日吉重夫は自ら単独占有を主張すると共に名刺、帳簿その他の関係書類を示して相手方両名には占有事実なき事を明確にしている。(乙第二号証)従つて占有なき相手方には本件執行方法に関する異議申立の利益がない。かかる申立の利益なき相手方両名の本件申立を許容した原審の決定には違法がある。

二、相手方の異議申立はその申立時期を誤つている。

執行方法に関する異議申立は執行方法又は執行吏の処分に対する不服申立であるから執行が進行中であつて、いまだ執行が終了しない以前に限り申立てる事が出来るのであつて執行終了后に異議を申立てる事は出来ない。然るに抗告人から日吉に対する本件執行は本年三月十三日既に完了している。それを執行完了后二ケ月を経過した五月八日に至り、過去に遡り申立の利益なき相手方両名からなされた本件執行方法に関する異議申立はその申立時期自体失当であり却下さるべきものである。

三、本件家屋は日吉重夫の単独占有である。

相手方両名には本件家屋の占有がなく、相手方両名は単に日吉のクリーニング、喫茶店経営の出資者乃至協力者にすぎない。即ち本年二月二十一日右日吉が本件家屋を賃貸人渡辺トキエより借受け、その同意の下に相手方両名に将来における利用も許容されたのである。従つて抗告人に対する仮処分も占有者である右日吉が三月七日単独にて執行している、その上三月十三日の仮処分当時から現在まで現実に占有、居住を続けているのは日吉である事は原審も之を認めている。証拠上も請負契約書は日吉が所持しており、請負人に対する代金も日吉が支払つた事が明白である。(日吉、佐藤両証人の証言)相手方諏訪は工事費二十四万円は日吉を通じて支払い、本件家屋には寝泊りはしていなかつたと証言し、相手方森野は日吉に仮払金の形式で二十万円渡し、本件家屋や事業の経営については一切日吉に一任してあつたと証言している事はいずれも相手方両名が本件家屋の占有者である日吉の出資協力者である事が窺れる。そして現にクリーニング、喫茶店は日吉名義にて経営されているのである。原審は相手方両名が工事の監督に来ていた事実のみをもつて相手方の占有の根拠とするが、仮に相手方両名が工事の監督に来ていたにせよそれは出資協力者として来ていたのであつて、これをもつて相手方両名にも占有があつたと見る事は出来ず本件家屋の占有は日吉の単独占有と見るのが正当である。

四、執行吏の執行には何等違法がなく、相手方両名は執行方法に関する異議を申し立てる事はできない。

仮処分執行の際における執行吏の目的物に対する占有の認定は実体法上の占有権の存否を判断認定するのでなく単に外形上単に目的物を占有しているか否かによつて目的物の占有者を認定すべきであるから、本年三月十三日に直接本件家屋を占有しておつた日吉重夫に単独占有を認めた執行吏の執行手続には何等違法がない。

そして民訴法第五百四十四条の執行方法に関する異議は執行手続上の瑕疵即ち形式的事由に限られ、実体的事由を以つてする事は許されないのである。従つて日吉重夫に対する本件仮処分命令が適法に執行されてから相手方両名が共同占有による占有権の存在を主張して不服を申し立てうるとすれば第三者異議の訴或は本訴によるべきが正当である。従つて原審が相手方両名の執行方法に関する異議申立を許容したのは違法である。

五、原審の認定には誤りがある。

抗告人から日吉に対する執行は本年三月九日の仮処分命令(乙第一号証)によつて本件家屋の全部につき正当になされているのである。それを原審は不当にもその理由中において「本件家屋全部につきなした執行吏の執行処分は仮処分命令の内容としないところを実現した違法があるから取消し」としているが仮処分命令(乙第一号証)の物件目録の表示やその外原決定摘示のいずれの証拠、証言によつても日吉の占有は本件家屋の全部に及んでいたのであるから、日吉に対する仮処分執行は何等仮処分命令の内容に違反する事なく正当になされたものである。この点原審の認定には誤りがある。

以上の次第であるから、原審の決定はこれを取り消し、相手方両名の申立は却下さるべきものである。

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